(四国徒歩一周に続き)九州も歩いて一周しちゃえ!

2015年4月から約2ヶ月間で四国を歩いて一周しました。 このブログは、今年も3月中旬から九州一周歩き旅へ出る私の、それまでの間の日常と、また歩き始めてからの旅日記を綴ります。

7月5日(番外編 104日目) 西都市で 再度の歴史の 総ざらい (都城から宮崎・西都経由して延岡へ 電車3520円 バス1800円 7000歩)


都城から南宮崎へ。この宮崎の1つ南の駅は普通電車の始発、終着駅に
なっていて、この駅前のイオンモールに宮崎交通のこれまた
大きなバスターミナルがある。







片道約1200円のバス代が、1日乗り放題で1800円。お得は嬉しい。







乗車90分で目的の博物館に着いた。九州のあちこちに「原」のついた
地名があり、「ばる」と読ませる事が多いが、これは15000年前の
姶良カルデラを作った噴火(その末裔が桜島)の火砕流が谷を埋めて
平らになった地形が多いそうです。1つ勉強になりましたが、鬼界
カルデラの影響は分かりません。







南九州に多い横穴墓とその石組みをイメージした、建物と展示室に
導くアプローチ。







博物館は郊外の台地状にあって周りは農村地帯。15時台の帰りのバスを
逃すとあとは車を呼ぶしかない環境。







3階の展望室から。広々した緑の中に大小の円墳、前方後円墳が多数。
一見ゴルフ場の雰囲気です。バンカーは窪地だが、こちらの古墳平原は
盛土。







お天気が良すぎて暑い! これだけの小さい規模だと、戦前のあまり
文化財保護に熱心ではない時代、作物増産が叫ばれていた時代には、
相当数が掘削、破壊されたのではないか。







宮崎市内で。歩道広々しているところに多くの作品が置かれていた。







電車とバスばかりですから歩数も1日でこんなに少ない。

7月4日(番外編 103日目) いつまでも ぼーっとしてます 都城 (小林から電車で都城へ 740円 11800歩)


朝ホテルを出るとき、屋上に上がり山の写真を撮った。
右の台形の山が韓国(からくに)岳、左の山頂部が雲に隠れているのが
霧島山。







小林駅は今年で104年になる古い駅です。



旧国鉄時代の古いディーゼル車で、天井の扇風機にJNRと書いてあります。







都城へ向かいます。相当無理しないと1日では着かない距離です。







都城の駅前広場に今週行われるおかげ祭りの飾りがあります。







駅から15分程の万葉植物園のこの東屋で約2時間、昼寝したりボーッと
過ごしました。池の上を渡る風の心地良さ。最高でした。







隣接の早水公園内のあやめ園。これから開花なのか既に落花したか、
花に疎い私です。







鳥が小魚を狙っています。紫陽花も咲いている。子供達はトンボ採りに
 夢中。







今日は昨日までと一転、暑くなりました。


7月3日(番外編 102日目) JR 切符買ったが バス、タクシー (熊本県人吉市から吉松経由で宮崎県小林市 1290円 4000歩)


東京へ帰るのにどのルートでも良いのですが、せっかくならば訪ねた
事のない街を泊まりながら戻るのも良いかと、とりあえず小林までの
切符を買いました。







ところが大雨で肥薩線が運行見合わせに。実は人吉・吉松間は日本でも
ここだけというスイッチバックとループ区間があって、乗り鉄としては
一度は乗車しておきたかった所。代行バスへ誘導する若い駅員氏に残念な旨
を言ったら、スミマセンと返ってきた。







吉松駅構内のちょっとしたスペースにチェーン・ソーで木をカットした
木彫が。







人吉駅を出た時は動いていたらしいのですが、吉松駅へ来たら全てが
ストップ。こうなったら待つしかありません。急ぎ旅ではないので、
どうってことは無いのですが、ただただ待つのは案外辛いもの。







そのうち、駅員氏が11人の行先を聞いてメモし始めた。タクシー手配
するという。私だけが小林駅で残り10人は鹿児島中央駅。
駅員氏に言われるままにタクシーへ。写真は運賃請求先について指示を
受ける運転手さんを車内から。







料金は約7000円。JR九州さん、お世話様でした。飲み過ぎて寝過ごした
時は別にして、これだけの料金区間を乗ったのはあまり記憶にありません。







上が旧駅舎で下が新駅舎。電車560円区間をタクシー乗車でした。







折良く1両の電車が通りました。どうやら天候回復で部分開通した様です。








森永貞一郎記念館へ。ネットでは月が休館ですが、4月以降は平日のみ
電話予約があった時のみ開館するのに変わったそうです。
従って入館できませんでした。駅から10分位ですが、雨が上がり蒸し暑い
ので大汗。






こんな雲を見てるともうすぐ九州も梅雨明けかと思ってしまいます。
私はこれからコインランドリーへ行きながら、日曜日もやっている
店を見つけます。







7月2日(番外編 101日目) これも旅 三角がダメで 人吉へ (宇土市から八代経由人吉市へ 1650円 11600歩)


朝、宿から宇土駅へ向かう途中にあった石橋。アーチの下部構造は
地震に耐えたが欄干が崩れて通行禁止に。







駅に着いたら三角行きの電車「A列車で行こう」が20分程で来るので、
それで三角往復する事にした。乗り鉄! ところがそれは特急で、予め
特急券が無いと乗車できないとアナウンスがあった。乗ってしまえば、
何とかなるのですが、ちょっと気弱だったので見送り。インテリアの
写真を撮りたかったというのは、今でもあります。







宇土で聞いていた蕎麦屋へ。久しぶりの本格的な蕎麦屋。温泉卵に
かき揚げ、ざる蕎麦と、脈絡のないオーダーでしたが、グラスの液体
は余分な注文だったかも。







小規模ながら人吉城の歴史が分かり易く展示されていた歴史館。
発掘で発見された、地下室(他に類例が無いらしい)も復元されていて
興味深い。唯一の不満は、3箇所のビデオ画像全てが、スタートボタンを
押しても上映開始までやや時間がかかりイラつく事。







上部数mの色が異なるのは、後から改築でかさ上げされた為。庇の様に
突き出ている武者返しの構造は、他に五稜郭とか数例しか無い珍しい
物だそうです。









石垣の一部は球磨川に向かって開口しており、舟運で米を運び入れた。
奥の茶色の川が球磨川で、右から左に流れる。







明治初期に廃城になった。石段を登ると、段差が大きいこともあって
息切れする。本丸跡の東屋で休んでいたら蚊の猛攻。







城趾から人吉駅方向を撮った。街の中心は球磨川だ。左手方向が
下流の八代。







お城が接するもう1つの胸川では鮎釣りの人。






左の球磨川本流と右から流れ込む支流の胸川合流地点。透明度が
違う。







駅にあったパンフ。今宵もどこかへ。







こうして歩数計を見ると、今までのウオーキングよりは少ないものの、
疲れややる気無さで、この程度で1日を終えたこともあり、意外に歩いている。

7月1日(100日目) 曲がりなり 一応一周 できました (八代市〜宇土市へ 36500歩)


新八代駅近くの宅地造成地で。面白い表記。







新幹線の駅。田んぼの真ん中に突然現れました感でいっぱい。







駅近くの松中スポーツミュージアム。野球はあまり関心が無いので、
パスしました。







熊本県は、第2位の岡山県に大差をつけてイグサ生産首位。







イグサ研究所もありました。







農村地帯でのどかな道を歩きます。トラクターの泥が交差します。






にわかイグサ博士のネタ本はこれです。







併せて干拓の歴史も学べます。






先生「美容整形、失敗してもよかと?」







時々こんな変な交通標語を見かける。







ゴミ屋敷。ご近所の方は迷惑に違いない。







宇城市に入って。







宇土市はもうすぐで。







宇土市域に入りました。ゴールはもうすぐです。







宇土市内に入ると急にブルーシートで覆われた家屋が増える。
安全食堂が危険食堂になったのは残念だ。







バーで頂いた山崎とウンダーベルグ。酒屋で頂いたふち田とお礼に
買った黒霧島。1人祝杯。







宇土に戻ったのは20日振り。なんとか無事に九州一周ゴールできたのは
幸いでした。





















6月30日(99日目) 下調べ せずに招いた 結果です (休養日で、球磨鉄道終点の湯前駅へ電車で 3600円 参考記録8800歩)


八代から人吉へ向かいます。ウッディな内装です。乗客は多くありません。







吉尾駅で最後の乗客が下車し、私だけに。白石駅には駅舎が100年以上
との掲示がありました。この空間を独り占めするのはもったいない気が
します。







球磨川が数日続いた雨で濁っています。急流、川霧、緩やかな流れと
表情を変えます。







人吉から球磨鉄道に乗り換えて終点の湯前駅へ行きます。ホームから
岩壁に掘られた横穴墓が見えました。国史跡。白、茶、赤の3両とも
塗色の違う電車が入線します。乗客は殆ど高校生。







先頭車両の赤に乗ったら切り離しと言われました。赤が去り、茶が先頭
になり2両で運行です。赤は秋号、茶は冬号。







インテリア相当に力が入っています。







まんが美術館が目的でしたが、次の企画展準備で臨時休館。調べなかった
私が悪いですが、ちょっと残念でした。







毎年風刺の効いた一コマ漫画を公募し、過去の入賞作が屋外展示
されていました。







那須さんは湯前町出身で、長年毎日新聞に政治風刺一コマ漫画を
描いた方だそうです。







駅へ戻ったら春号、夏号が待っていました。







インテリアのテイストが微妙に違っています。







水量が多い河畔をゆっくりと走ります。







八代駅へ戻りました。青空も戻ってくれました。







お城の近くの博物館。もしかして遅くまでやっていないかと訪れましたが、
早く行っても同じでした。燻蒸作業で臨時休館です。

6月29日(98日目)百までも 数えられない バカオヤジ (芦北〜肥後二見へ徒歩 肥後二見〜水俣へ電車 29500歩 370円)

過去のブログタイトルと旅行開始以降の日数、旅程を
見ていたら間違いがあるのに気がついた。
百までに達しないのに、この算数能力の低さ。
敢えて言い訳をさせてもらえば、すごい雨が続き、市域
を超えても、何か見どころがあっても写真をほとんど
撮らないのが、この誤りの誘因かと。下記が正しい。

6月27日(96日目) 出水市から水俣市  24700歩

6月28日(97日目) 水俣市から芦北町へ 18000歩


道の駅たのうら(田浦)でランチ。ピカピカ光っているのはご当地特産の
太刀魚。コリコリした食感で美味しかった。







この日の目標は日奈久温泉駅で、ここの旅館泊りの積りだったが、雨が
相当に激しくなり、一駅手前の肥後二見駅で雨宿りをしているうちに、
気が変わり(バーで飲みたくもあり)二見から八代へ電車で向かいました。







亡父は「紙屋」で、旧王子製紙、東北パルプ、十条製紙と社名は
変わりましたが勤務しました。現役時代、この工場へは何度か出張で
来ていました。新聞紙を抄いている様です。







スミノフ50度とグレープフルーツ1個使ったソルティードッグを飲んだ後に、
最後はストレートで頂きました。奥様はマスターをヤスオちゃんと呼ぶ
仲良しご夫婦のやっている素晴らしいお店でした。店名も背景に入れました。

6月27日(97日目) 芦北へ 旅も終わりに さしかかり (水俣から津奈木町経由で芦北町へ 280円 18000歩)


大きな水俣川のたもとに蘇峰記念館。弟の蘆花の資料も展示。
京王線に芦花公園駅があったり(確か世田谷文学館の最寄駅)、親しみを
感じるのは弟さんの方。







津奈木駅まで来て、雨が激しくなり、ちょっと休憩です。
ザックも雨の中を歩くのは嫌だと言っています。





津奈木美術館へ。水俣出身の澤村さんの絵がかかっていました。
澤村さんの描く絵は全て水平線が低くて、その分空が広々していて
爽快。何気ない新幹線橋脚とかビニールハウスとかの上部空間が
極端に広い。






受付で美術館だけかロープウェイも利用するか聞かれて、言われている
ことが分からなくて、聞き返す。裏山に登ると町が見下ろせるという事
でしたが、この激しい雨ではパス。比高差50m程でしょうか。







津奈木から一駅の湯浦へ電車に乗りました。280円でしたので、駅間距離は
ちょっと有りそう。乗車時間は10分でした。






群馬出身の富弘さんの美術館が熊本にあるのは知りませんでした。
口にくわえた絵筆で描くのは、本当に努力の人としか言えません。
水彩絵の具のグラデーションが素晴らしい。この後、真向かいのお休み処
の看板を見て入ったら、終了直後だったが入れてくれた。来月のランチ
新メニューを検討中。闖入者にケーキとお茶を出して頂き恐縮でした。







ようやく雨も小降りに。







いよいよ明日は八代です。ただ明日も雨の予報です。防水効果の全く無い
カッパを明日も着用しなくてはならない。








降ると晴れでは大違い。





6月26日(95日目) 北に向かって 川内市から出水市へ (電車川内から阿久根へ 870円 30100歩)


肥薩オレンジ鉄道を川内から阿久根へ。従業員は皆オレンジ色のTシャツ。






l
1時間に1本なので予め時間を調べてあった。







今はやりのラッピング塗装。






おいしいよ!と言われてもちょっと困ってしまう。パス。








出水といえば異口同音に「ツル」!







えらい凝った造りの民家の塀の装飾。







今頃田植えをしていた。電車が通り過ぎた。







昨日までの天気を忘れさせる快晴。暑くて汗が地面に直接落ちる。







気分が良いお休みどころなので小一時間休憩。靴を脱ぎ裸足になって
横になったら寝てしまった。この昼寝で体力回復。







酒屋の2階でゴルバチョフ似のオヤジがビールを飲んでいた。俺も
あと少しだと歩き続ける。







日曜で蔵元の直営売店はお休み。直営だからと言って、安く買える訳では
ないが何か価値ある様に思ってしまう。







車じゃないと来にくい所でカクテルバーに客が来るのか?







着実に近づいているのは確かだ。







やはりありました。想像通り。さすがツルが来る出水市です。






地図は、同じ経路を行き来して赤線、黒線が錯綜し見にくいので
最後の出水市に着くところだけをアップ。







6月25日(94日目) 雨をいい訳 1日中の 乗物旅 (上甑島から下甑島経由薩摩川内市 フェリー4850円、バス150円、7100歩)


下甑島へ。同じ島内の手前の鹿島港で下船し、長浜港まで歩くアイデアも
あったが、ざんざん降りで即却下。







長浜で泊まっても良かったが、何も見るべきものもなく、迷った末に
川内へ戻ることにした。高速船はやはり高いが、予想に反して音は静か、
揺れも少なく快適でした。水中翼船とは違いました。







木目調の落ち着いた室内。港ではお見送り。







この歩数は近所の散歩と変わらない。







先日訪れたバーを再訪。
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