(四国徒歩一周に続き)九州も歩いて一周しちゃえ!

2015年4月から約2ヶ月間で四国を歩いて一周しました。 このブログは、今年も3月中旬から九州一周歩き旅へ出る私の、それまでの間の日常と、また歩き始めてからの旅日記を綴ります。

6月4日(73日目) 佐賀までは 歩きよりは 電車です (鹿島市から佐賀市へ 15800歩 370円)


鹿島から肥前白石まではビシャビシャの雨の中を歩きましたが、
靴、ズボンもずぶ濡れで、もう歩く気がしなくなって電車に乗る。







5駅だが歩いたら2時間ぐらいか。








6月3日(72日目) 堤防が 長さ7km 諫早へ (雲仙市から諫早市へ徒歩 長里から肥前鹿島まで電車 24500歩 650円)


眉山(左)と平成新山(右)







島原は昔は映画館が3館もあったらしい。







短く見えて意外に長い堤防だった。







北から見る雲仙普賢岳・平成新山が遠くなった。







スイカのバス停。スイカの産地と思ったのは勘違いで、他にイチゴ、
ミカンのバス停もあるそうだ。







博物館に寄った訳ではないのに意外に時間を消費してしまい、また暑さ
 もあり、最後は電車。







 ムツゴロウの蒲焼。 骨っぽい。







ワラスボ。歯が鋭く頭だけは食べられなかった。貝を捕食しているらしい。

6月2日(72日目) 島原を 出て再びの 雲仙市 (島原市から有明海沿岸を北上して雲仙市へ 23500歩 電車280円)


朝一で島原城へ。コンクリート製5階だがエレベーター無し。最上階の
展望室までの階段が辛い。







展望台からの4枚。熊本や佐賀が有明湾を挟んで近い。







緑が綺麗。







フグ寿司が美味い。







湧き水が豊富で街中の側溝にも鯉が泳いでいた。公開されている庭園で。








可愛いバス停。







大きな5円玉が石屋の看板。







がねはカニ。タコを食べようとスーパーに入ったら全部南アフリカ産だった。








数駅電車に乗った。

6月1日(70日目) 時間なく 徒歩、バス、電車で 島原市(雲仙市から南島原市経由島原市 20200歩、バス810円、電車150円)


北村西望氏の作品多数見かける。ご当地の出身。







キリシタン弾圧は凄惨を極めた様だ。天草の乱で亡くなったキリシタンの
発見された遺骨が全て頭骨が無い状態だったという。キリシタンは死後
再生すると当時信じられていたからではないか、とボランティア解説員氏。







次に雲仙普賢岳の火砕流災害を忘れないため作られた防災館へ。
椅子が振動し熱風が吹き出す火砕流体験がリアル。とにかく破壊力の
凄さはスゴイの一言につきる。







時速100kmで襲ってくるのを光で再現。







右手前の低山が眉山。天草大変、肥後迷惑の山。左は妙見岳だが
今は溶岩ドームの平成新山が高くなっている。







こんな大岩が何キロもスゴイ速さで襲ってくるのだから助かり様が無い。







世界ジオパークに登録されたのは島原が1番だそうだが、防災関連展示が
多い割にはジオパーク関連は少なかった。







龍馬さんもサッカーするとは知らなんだ。







島原外港駅から島原へ電車利用。







丁寧に資料館を見ていると時間がいくらあっても足りない。































5月31日(69日目) 口之津へ ロックシェッドの 連続で (雲仙市小浜から南島原市口之津へ 36100歩)


今日の目的地は口之津だ。約25km。







魚は結構地方色豊か。名前だけ見聞きしても分からない。







国道に金浜の石橋との標識があったので200m寄道。残念ながら説明板
なし。真ん中に猫が昼寝していて道を譲ってくれない。







ジャガイモというと北海道と思ってしまう







ロックシェッドが連続する。







雲仙市から南島原市へ。







車が少ないのはありがたいが、少ないだけに飛ばしてくる車もある。
カーブで外に広がってこちらに向かってくると怖い。
またシェッドに入って来る車が、暗いシェッド内の歩行者の存在に
気がついてくれているかも不安。







ゴールが近づいたので砂浜で一休み。ゴルファーがサンド・ウエッジの
練習中。







熊本県の鬼池へのフェリーが出ている。運航の島原鉄道は、鉄道、バスも
運行している。







引き続き島原半島を歩きます。






5月30日(68日目) いよいよ島原半島 一巡り(諫早から愛野まで電車 雲仙市小浜地区まで徒歩27600歩 520円)

前日遅くに行ったバー。命の水という店名。 アクア・ビットは有りません
でした。









島鉄で愛野へ。最初から電車に乗ったのは異例。







文明堂、福砂屋に続く3番手以降のカステラ会社の広告をよく見る。







カルデラとは知らなかった。








勘の悪い私でもオバマ氏が居ると想像したが、正にその通りであった。








卵やサツマイモを買って、蒸気で蒸している人多い。もちろん、常連さんは
竹かごや食材全て自宅から持ってきていた。







長さ105mで日本一長いという足湯。源泉温度が105℃だから。







あたりはミニ熱海の様相。大型ホテル、旅館あり。















コインランドリー待つ間の缶ビール2本が適量。









5月29日(67日目) 喜々津から 喜々として 電車乗る (長崎市から諫早市へ 27000歩 230円)


雨が激しく降る中、長崎を出て諫早へ向かいますが、途中の喜々津から
二駅電車に乗りました。

5月28日(66日目) シーボルト 2度の来日 知りました (長崎市内で休養 参考記録 7900歩)


シーボルト記念館。すぐ隣の旧宅跡は公園になっていて紫陽花が折からの
雨で美しく咲いていた。帰国時に、当時外国への持ち出しが禁止されていた
地図を保持した疑いで追放された、いわゆるシーボルト事件は歴史教科書で
知っていた。しかし、その後オランダ商館長の進言で許されて、2度目の来日を
した事、その時に長男を随行した事などを知った。







各種紫陽花が多数植えられていた。蒸し暑くて蚊に刺される。







県立美術館へ。最近は大きな美術館はどこでも企画展に力を入れて、
観客動員数を競っているかの様であるが、私はできるだけ平常展を
観たい。その館の特色が一番現れると思うから。第一格安である。







長崎湾を左(湾入口)から右へ。
1枚目中央左に大型クルーズ船が、2枚目中央は艤装中のタンカーか?
灰色の雲が低く、梅雨の様に雨が降りしきる。長崎は決して雨の多い地
ではないだろうが、歌謡曲でそんなイメージがある。

5月27日(65日目) 海沿いの2つの歴史 資料館 (外海から西海市へ バスで長崎へ戻る 15300歩 1090円)


沖合6kmにある池島へフェリーが出ている。かつて炭坑があり、狭い
島に炭住が並び、日本一の人口密度だった事もあるとか。朝方は曇って
風も心地よいレベルを超えていた。







西海市よ こんにちは! 長崎よ さようなら!







西海のウリは教会群、橋梁群と夕陽。







古いレコードとプレーヤーで実際に聴いてもらう施設らしい。
新冠にも同種のミュージアムがあった。







沿道の方がお世話してくれている。







西海市の民俗資料館へ入った。さらに外海(今は市町村合併で長崎市)の
資料館へ。かつてこの地区は良質の無煙炭を産出した地とは知らなかった。
















5月26日(64日目) 長崎は 今日も晴れだった (長崎から外海へ 39200歩 バス260円)

 
路面電車がたくさん走っている。1番クラシックな塗色がこれ。







これと似た建物が確か鹿児島中央駅。観覧車があった筈。







当方、魚肉練り製品は添加剤が多い感じがしてあまり食べないが、この
広告の店だったら他よりは良さそうに思えた。宣伝効果大。







浮き上がり彫りなので立体感あり。







お目当は野口彌太郎美術館。地下が歴史民俗資料館になっている。







「長崎の風」の絵葉書3枚買いました。袋は「諫早の眼鏡橋」。訪ねた
事があるので、思わぬところで再会した。







暑くて冷菓をよく食べている。







「老人に 夢も希望もいらぬが 孫の手を」。







午前中、平和公園で野口美術館、民俗資料館で案外時間がかかったので、
宿の食事に間に合うように18:25のバスに乗りました。







夕陽がきれいで、明日も晴れるだろう。








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