(四国徒歩一周に続き)九州も歩いて一周しちゃえ!

2015年4月から約2ヶ月間で四国を歩いて一周しました。 このブログは、今年も3月中旬から九州一周歩き旅へ出る私の、それまでの間の日常と、また歩き始めてからの旅日記を綴ります。

2016年01月

ヴァイオリン ギターと2つの 弦楽器


普段歩かない道を歩くと思わぬ発見があるものである。何回も車で
通っている道だが、ヴァイオリンのオーダーを請けてくれる店が、
公園の途中にあった。10万円だそうだ。高いか安いか分からない。







西国分寺南口の史跡公園まで約小一時間。犬も喜んで走っていた。






国分寺崖線にある真姿の池から湧水が。江戸時代の書物にもこの湧水が
記されているそうだ。







小池の中に島が作られ小社が祀られている。







往時は高さ60mの 七重の塔があったらしいが雷火で焼けたという。
ただ当時の困窮した農民が神火と称して放火した事もあったらしい。







これが説明板。やはり一読しただけでは頭に入らない。







武蔵国分寺跡資料館。一階のみ公開。ここを訪れたのは、東山道武蔵路
展をやっているので。近年、埼玉県坂戸市で東山道の遺跡が発見された。
この武蔵国分寺からはほぼ真北になる。







資料館内の国分寺のジオラマ。東西1.5km、南北1kmと大きい。
わが町なので何となく誇らしい。聖武天皇の国分寺建立の詔(741年)
から20年位かかって建てられたと推定。







友人がライブに出るので高円寺へ。毎回連絡を貰っていたのだが、
行くのは1年ぶり。







昨年、彼は別のライブ会場から帰る時に、階段から転落して頸椎損傷で
4ヶ月半も入院したという。全く知らなかった。でもこうしてギターを
弾けるくらいに回復して良かった。

















来て知った 朝霞は膝折 伸銅です


朝霞市博物館へ。武蔵野線・北朝霞駅から徒歩15分。無料。
昔の地名は膝折村だった。







古くから伸銅産業があったと知る。秩父に銅の買い付けにきた京都の
商人が病気でここで倒れた時に、看病にあたった人に伸銅技術を
伝えたとの話が伝わるという。神童でも、やはり教えられなければ、
知る由も無かったという事か。







動力は川の水車だった。今でも操業の会社がある由。








リベンジで 沼袋にある 資料館


先日、日曜日に訪れたが、たまたま月一回の
休館日だったので再訪。館名左上の山崎さんとは、この地でかつて醤油
醸造業、質屋を営んでいた方のお名前。土地を寄付されたのかも。
展示で区内に多くの古寺、古社があるのを知った。特に氷上神社が
多くあった。無料。







お豆腐屋さんのフィギュア。おからドーナッツ買おうかと迷った。







「シルク・ラブ」なのか「シル・クラブ」なのか一見分かりにくい。
業態もやや怪しい感じがしてしまう。







目立つ標識があったので、「死を賭して」道路を横断して撮った。







街頭の写真は全て西武・沼袋駅から資料館への途中で撮影。



雪模様 猿から狐へ 化(ばけ)もせず


元々は都留市郊外の猿焼山へ行く計画だった。干支の山なので、正月に
相応しいと幹事さんが企画してくれたのですが、雪の予報になり、
北高尾の狐塚峠へ変更になりました。バス停から20分程車道を歩きます。







看板の左上の頂上とあるのは、そのものズバリ城山。446m。







山頂に神社がある。このコースは数回来ていて、近くの方はお散歩で、
何にも持たずに登っている。







日向ぼっこ好適地。ザックを降ろして一休み。







紅梅が咲いていました。







眉毛が太くてキリッとしているヒトを見ると、星飛雄馬を思い出して
しまう。飛雄馬君は人差し指を左右に振りながら、チッ、チッ、チッと
は言わない筈だ。







登山道の狭い平坦地にあった標識です。昔の古地図でも伝承されているの
でしょうか? そうでないと、地名の伝承は難しいでしょうし。







奥に、木の間に神社が見えています。山頂は雪がかなり残っていました。







神社はかなり傷んでいます。誰も手入れをしていない様子です。








雪が氷になって、簡単にテーブルから剥がせました。







猿焼山頂で飲むため買った清酒山猿。まだ10:30ですが、もうランチに
しようとなりました。この時間から飲んで本当に良いのか?







東の都心方向。スカイツリーも見えました。都心方向を同定するのに、
以前だったら新宿副都心ビル街だったのが、今やスカイツリーオンリー。
所沢方向だったら西武ドーム球場は変わらず。







下りは高尾山方向へ。







逆光ですが、八王子天守閣跡を示す石柱です。







富士見台まであと僅か。ちょっとした小ピークを何回も上下します。







三叉路の富士見台。







この先を直進すれば狐塚峠へ至るが、今日は左に折れて下りる事になった。
この日は猿にも狐にも縁が無かった。







陽が当たらない所はまだ雪が残る。転ばないように慎重に。







2つ目の三叉路も左に折れて、高尾駅へと。







里が近くなって、中央高速の車の音も大きくなってきた。







辺り一帯は土の充分な厚みがないせいか、倒木が目についた。
人頭大の石を抱えながら倒れている。







高尾駅近くの民家の庭先。赤い実がたわわ。
この後、有志が八王子で下車して居酒屋へ向かう事になっている。

一晩で 出雲を思いつ ウチ帰る


水戸から東京に着いたら向かいのホームに寝台特急出雲が入線していた。
ちょっと思い入れのある電車。2000年頃だろうか。当時勤務していた
品川の勤務先で連日の残業を終え、東海道線で東京へ向かうと反対側の
ホームにこの電車が出発を待っていた。多少の酒も手伝い、このまま出雲に
飛び乗ったら、翌朝は出雲市だと思ったことが何十回もある。
はっきり言って現実逃避。でも本人は実行できない事を知りつつ大まじめ。
こうして現在の特急出雲に会ったのは久しぶりだが、懐かしいような、
大昔の友人に会って何をしゃべったら良いのか分からない感じというか。
「ネ」は、寝台車符号。多分、寝るの「ネ」。

旧友と 待合せまでの 水戸の街


数年ぶりに水戸の旧友と飲むことに。駅前で黄門様が歓迎してくれた。







交通標識やマンホールの蓋が梅意匠。さすがに水戸!







県歴史館庭内にある旧水海道小学校校舎。タワーが面白い。







新旧の給食比較。老生には鯨の竜田揚げが懐かしい。大好きだった。
パンから米食になったと聞いていたが、量がちょっと多いような気がした。







これが歴史館。陽が落ち始めたので、これから待合せ場所へ。

いつの間に 電力計は スマートに


4月から電気の小売事業が自由化されるようだ。ソフトバンク、東京ガス等が
参入予定。







先日、東電が新たに取り付けていった新電力計。30分ごとに電気供給者へ
使用状況を通信する機能もあるそう。







ガス配管がアートしていたので撮りましたが、ガスもスマート化
するのでしょうか?

床上の 放置新聞 モンタージュ


読みかけの新聞を二つ折りして床に放り投げたら、何やら明るい色の
シャツの男が見上げた。







先日訪ねた、ほくさい美術館で貰った他館のリーフレットの上に
偶然重なってそう見えたものだ。まだ訪れていない館のリーフレットは、
いつか山登りや旅行のついでに寄ろうと思いながら、なかなか捨てられない
でいる。断捨離ねえ?

リアルです 対戦ヘリの シュミレーター


昨日の雪が凍って歩道に残っている。







民家の庭先で。







途中の喫茶店で一休み。







この坂上に東武線が通っている。その下に車道がクロスしているので、
そこの排ガスを排出する煙突が見えた。







朝霞駐屯地の中にある陸自の広報センターへ。







無料です。平日で空いています。







二階から見下ろした一階の展示室。写真は対戦車ヘリ。







その側面から。機種AH-1S。今はこの後継機が就航しているそうだ。







写真は撮れませんでしたが、対戦車ヘリのコクピットに座っての
シュミレーターもありました。音や振動もリアルで楽しいです。







武蔵野線北朝霞まで歩きました。駅近くの橋上で。電車は朝霞台へ
向かう東武線。

初めての 資料館は 休みです


中野から沼袋に行く途中に紅梅が咲いていた。まさか桃ではあるまい。







途中に沼袋氷川神社が。境内の大きな松は立派。







結婚式場併設らしく新カップルの姿も。







民家の庭先のイチゴ。







これが今日の目的地の山崎記念中野区立歴史民族資料館。残念ながら
日曜日にも関わらず休館。なんと第3日曜日と毎月曜日が休みでした。
しっかり調べなかった私のミス。







かつて製粉用に使われていた石臼です。







駅へ戻る道に珍しい千円の自販機。しかし何が出てくるか分からない、
そもそもまともな品が入っているかどうかも分からない怪しさ。







ジュース・酒混合の自販機に年齢確認用の装置。これも初めて見ました。

茶の本場 お茶を飲めずに お酒飲む


拝島駅の八高線八王子方向ホームだけに設置の柵。初見。
他駅の柵は左右スライド式だが、ここは上下式。







3本のバーがあって、1番上は固定。下2本はスライドレールがあるので
可動と思う。







どうやって横棒が乗降客の邪魔をしないように動くかが分からなかった。
1番下のバーはホーム面から50cmの高さで、それ以上は下にスライドしない。







バーばかり考えていたが、バーを支える柱にまでは考えが及ばなかった。
支柱が上方に伸びると同時に、下方2本のバーが上方にスライドする。 







拝島から数駅の金子駅へ。







近年改装されたらしい割と新しいデザイン。グレイ地に緑の意匠は
私にはちょっと見にくい。







駅から入間博物館へ向かう途中は一面の茶畑。







というのは真緑(?)の嘘で、茶畑を囲むように建売と思しき住宅が
すぐに迫っている。







さすがに茶の本場。







ここら辺りは金子台地というみたい。地理用語かどうか不明。






大妻女子大の正門から。閉校したのか全くの人気(ひとけ)無し。








キャベツ畑?







入間市博物館。金子駅から徒歩1時間。途中の狭い道がやや危険。







さすが茶所。全てが狭山茶。







 入館がやや遅く、振舞はしてもらえなかった。







17:00に追い出された。金子駅に向かわず、一駅拝島方向の箱根ケ崎へ
向かった。まだ照明の点いている建物があって、行ったら21:00まで
やっている瑞穂町博物館だった。無料だし当然立ち寄り。






「弁慶」の説明にちょっと気になるところがあった。先日の塩山の
春駒祭で、1人の男衆の腰紐を、周りの十数人の男達が掴み、高く抱え上げる
所作を弁慶と称していたが、このダルマを干す藁の筒状の物と関係があるかも
知れない。







その昔は弁慶は藁だったようだが、今は鉄製になったようだ。







ライトの点いている所が瑞穂町。東西3km、南北5km。黄緑にハイライト
されている箇所が茶畑。手前の滑走路は米軍・横田基地。







館内の大地図。横田基地が相当の面積を占めている。







箱根ケ崎駅から1番近い居酒屋。駅の階段を下りて10m。
いつの間にか21:15を過ぎたので、21:20の八王子行きで帰ります。
と言いながらウイスキーをお代わりしたので21:47になっちゃいました。







青梅きて 観て学び飲み 日が暮れて


青梅美術館へ。「版画の底力 Ⅲ」展です。







おなじみ靉嘔さんのシルクスクリーンがポスターになっていました。
 中国の方とばかり思っていましたが、実は茨城生まれの飯島孝雄さんとは
知りませんでした。もっとも芸術家に国籍は全く関係有りません。
木版画の斎藤清さんの新収蔵作品も出ていました。







作品が意外に少なく、料金も200円と格安なので納得しながら多摩川へ。
正面が美術館。橋上から上流方向。美術館の足元の岩をえぐるように
U字型に多摩川がカーブ。







橋上から下流方向。穏やかな流れ。







鮎美橋が青梅駅から青梅市郷土博物館への近道。時間があるので
寄り道を。







郷土博物館。無料。左は梅の木。江戸時代から上質な石灰の産地と
して知られて、江戸城にも漆喰が使われたそうです。







その木の下の説明。青梅の名前の起こりについて。







月が出て陽も傾いてきました。駅へ戻ります。







駅前で入った居酒屋でクマちゃんコックの醤油さし発見。







駅の地下通路の映画ポスター。駅、鉄道、旅。この時点で、まさか
西荻で3軒徘徊する「旅」になるとは思いもしなかった。
















寒空を 東中野の ギャラリーへ

東中野南口に東京黎明アートルームがあるのを知り、訪問した。
今日は、昨月曜が祝日だったので、火曜日だが閉館の美術館が多い
が、ここは開館。






やっているのは「おめもよ」(おめでたい文様 吉祥文)展。
正月にふさわしい感じがしての訪問。写真撮影禁止でしたが、鍋島、
伊万里、九谷、景徳鎮の陶磁器が美しかった。2階には岡田茂吉さんの
書が多数あったので、熱海のMOA美術館(世界救世教)の別館の扱いなのかと
思いました。陶磁器が焼かれた時代、文様の解説が分かりやすくて良かった。
インド、パキスタン、アフガニスタンの仏像石彫は、良く分かりません。







さらに歩いて東京工芸大学写真ギャラリーへ向かいました。途中に
あった宝仙寺。







ときおり訪れる写大ギャラリーは今日はお休み。残念でした。

ほくさいは 北斎ではなく 北埼だ


先日訪れた東武線・花崎駅(サトヱ21世紀美術館)の1つ先加須駅から
歩いて30分のほくさい美術館を訪れた。此木三紅大(このき みくお)さんの
作品を展示。才能のある方で、絵画だけでなく、同氏の鉄彫刻もあった。
素材は歯車やロッドの機械部品、ボルト、ナット類。それらが熔接されて、
磨かれ、延ばされて形を変えて生まれ変わった。作品数は絵画がだんぜん
多かったが、楽しめたのはむしろ鉄彫刻だった。
空いていたせいか、玉露と菓子の接待を頂いたのは恐縮だった。千葉県
匝瑳市の松山庭園美術館にも同氏の作品が多数あるそうだ。







「コノキ・ミクオの彫刻   ガンダ・甦る生命の歓び」より。


寝過ごして 勝沼ぶどう郷 駅へ(春駒に 祭の原点 見た思い)


車内で居眠りして、一駅寝過ごし勝沼ぶどう郷駅まで来てしまった。
本来は手前の甲斐大和駅で降りなければならなかった。5:30から起きて
いたとはいえ、新年早々の失態。上り電車の時間待ちに撮った南アの主峰。







甲斐大和駅からタクシーで先行組を追いかけた。大鹿峠迄に追いつける筈。







登山道にたくさんの動物の糞。丸くて甘納豆みたいな外観から鹿だろうか。
大鹿峠とか、甲斐大和駅の旧称が初鹿野だった事を思うと、そう思いたくなる。







最高の山歩き日和!








標識は遠くからでも見やすい。お坊山へ向かいます。







山頂直下の登りがきつかった。でも登ってしまえば後は昼ごはん。







山頂からはこの様な絶景が広がる。(望遠)







白い峰々は左が農鳥岳、間ノ岳、北岳だと思います。この写真では
 分かりませんが、地蔵岳のオベリスク(風化に強い花崗岩が尖塔のように
屹立する姿が、古代エジプトの太陽神の石柱に似るとして)も見えました。








ランチが終わって大鹿山を経て下山です。







景徳院へ下ります。







日の勢いが無くなってきました。下山を急ぎます。メンバーの誰かが
言いましたが、グループだからいいものの、単独行だとついつい下山を
急いでしまうと。100%納得。







景徳院へ着きました。ここからタクシーで甲斐大和駅へ戻ります。







塩山駅前の甘草屋敷へ移動しました。今年で3年目になる、春駒祭への
参加です。御神酒も1本寄付しました。祭の由来は分かりませんが、
元々は塩山郊外の一ノ瀬地区の祭だったのが、住民が山を降りたので、
ここ甘草屋敷の地区で行われるようになったそうです。
座敷で馬になった2人の男を、他の2人の男が杖で先導する所作をします。
その後近くの広場へ行き、かがり火の前で踊ります。さらに弁慶と呼ばれる、
法被姿の男を高く持ち上げる所作をします。弁慶は私も参加させてもらいました。








今年は暖かくてありがたい春駒となりました。普通電車で帰るとします。







気が変わり 急に決めたよ 収蔵展


北浦和駅西口すぐの埼玉県立近代美術館へ。「旅と芸術」展を見るつもりだった。
入口で急に気が変わり、この特別展ではなく、平常展の新収蔵の作品を見る事に。
近現代の具象、抽象画と写真。







これが最初の目的。







結果的にこっちになった。両方見比べていないが、少数作品をじっくり
見られるのは、たぶん新収蔵展だろうから、多分正解だろう。
写真の世界も色々で、私でも撮れると勘違いしそうな作品も中にはあった。
辰野登恵子さんの絵は初見。







駅の壁広告のクマちゃん。








アボガドの 成長楽しみ 水を換え


ほぼ同時期に水耕栽培を始めたアボガドの成長が楽しみだ。
上列左端は芽が10cm程になった。下列の左端はというと……。







これが下列の左端だが、ひっくり返すと……。







根の先端が1cm程伸びてきている。







これが1番成長が早いヤツで、若葉が直射光に 輝いている。このまま
ほっといても花が咲くらしい。裏では一生懸命に光合成でエネルギーを
得ているのでしょうが。
左奥の植物はパピルス。居酒屋で隣に座った方に頂戴したもの。

1週間 おいて再び スカイツリー


駅へ向かう途中に鉢植のきれいな花が咲いている。







新宿駅からウオーキング待ち合わせ場所浜松町駅へ歩き始めた。
実は大晦日のウオーキング終了後、四人で入った居酒屋に1人が帽子を、
もう一人が手袋を忘れた。2人がその居酒屋に忘れ物を取りに行くのに
合わせて、再度のウオーキングを企画した。スタートは東京タワー、
ゴールはスカイツリー。写真は、江戸時代に玉川上水を開削した折、
水番所のあった所に建てられた碑。ここからは暗渠で市中に配水
した由。







碑の脇の説明板。







尻尾の生えた女性。







後藤麻衣さんて誰?







飲めないらしいが、非常時の井戸があった。







沖田総司逝去の地が近くに。







この日は閉館中。伝統的な日本画とはちょっと違う画風の様だ。







首都高の新宿方面。スムーズに流れている。







絵画館の前まで来た。







絵画館前で警視庁のなんかのパレードの練習をしていた。







国旗掲揚ポール。空の色が雪国のそれの様だ。







入館券。入館料という形ではなく、任意の寄付という形で500円。







結局約束時間に遅れそうになり、信濃町駅から浜松町へ電車で向かった。
浜松町駅を15:00にスタートし、増上寺へ。境内でお猿のショー。







風が無くて、風車は静止したまま。







いずれも増上寺境内で。







展望台に約600段の階段を歩いて上るのも有料なので、はるか見上げる
だけで、ここからスカイツリーに向かって歩き始めた。
展望台の高さはふつうのビルの何階に相当するか尋ねたが、3人顔を
見合わせて、その内の1人が20階位と自信なさそうな答えだった。
15:20に東京タワーをスタート。







歌舞伎座前まで来た。夕方の部の公演が近いらしく、大勢並んでいた。







戦前からあったとしてもおかしくなさそうな3階建ての商店。







新富町のビル前の石彫。表裏一体の造形が面白い。







1週間前の大晦日に続いて2度目のスカイツリー。







スカイツリー近くのゴールの銭湯。18:20着。途中の喫茶店で20分休んだ
ので、3時間で東京タワーからスカイツリーまで歩いた。番台のご主人、
大晦日に寄ったのを覚えてくれていて、今日はどこからですか?と訊いた。







時間なく 電車で来ました 八王子


自宅からウオーキングを兼ねて八王子まで歩こうと思っていたが、
午前中に色々家事をやって、要領が悪く出発が遅くなってしまった。
八王子駅から八王子夢美術館へ向かう道筋で。







やはり途中に道路元標があった。







街のここかしこに美術館のポスターが掲示されている。







美術館のある辺りは昔は宿があったらしい。横田宿では4の日に、
八日市宿では8の日に市が立ったというのは分かりやすい。よこたの
よが、4(よん)と音が共通するから。







表示板の文字部分が黒変して読みにくいが宿と市についての説明。
ラスト2行が市についての記述。







駅から10分で夢美術館。館内撮影禁止でここでお見せできないのが
残念だが、明治、大正、昭和のビール、日本酒、ワイン、カルピス、味の素
醤油、サイダーなどの懐かしポスターが多数展示されていた。
ビールの銘柄も、アサヒ、キリン、サッポロの現行ブランドだけではなく、
サクラ、カブト、ユニオンといったもう消滅したものも。







パンフの女性は背中を大胆に見せている。和装美人の絵柄も多数あった。
人物左にスタウトと記されているので、黒ビールも飲まれているのが
分かる。当時のポスター制作には印刷技術向上も寄与したとの解説に納得。







入館券の半券。ここでは違うが、人物背景に、モクモクと煙を吐き出す
ビール工場が描かれているのも多かった。工場の存在が誇らしげである。

新春の 水戸の街は 暖かく


国立駅のホームの立川寄りから。穏やかに晴れ渡っている。







今までだと水戸方面は上野からであったが、今は品川始発となっている。
始発駅が変わっただけでなく、全席指定である。







座席の上に小さな緑、黄、赤のランプが点灯している。







各ランプの意味するのは上記の通りだが、私の感覚だと赤が指定席
発売済み(すなわち座れないから赤)、緑が現在空席(すなわち座れるから
 緑)ですが、表示は逆になっている。







茨城県立美術館。駅からブラブラ歩いて10分程。







「幸せはどこにある?」展をやっている。館の所蔵品を面白い切り口で
見せていた。







丘の上の美術館。池の畔で桜の季節は良いところみたいだ。梅園も至近。







小川芋銭。松竹梅と鶴亀のおめでた尽くし。撮影が許されていた。

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