(四国徒歩一周に続き)九州も歩いて一周しちゃえ!

2015年4月から約2ヶ月間で四国を歩いて一周しました。 このブログは、今年も3月中旬から九州一周歩き旅へ出る私の、それまでの間の日常と、また歩き始めてからの旅日記を綴ります。

2016年06月

6月29日(98日目)百までも 数えられない バカオヤジ (芦北〜肥後二見へ徒歩 肥後二見〜水俣へ電車 29500歩 370円)

過去のブログタイトルと旅行開始以降の日数、旅程を
見ていたら間違いがあるのに気がついた。
百までに達しないのに、この算数能力の低さ。
敢えて言い訳をさせてもらえば、すごい雨が続き、市域
を超えても、何か見どころがあっても写真をほとんど
撮らないのが、この誤りの誘因かと。下記が正しい。

6月27日(96日目) 出水市から水俣市  24700歩

6月28日(97日目) 水俣市から芦北町へ 18000歩


道の駅たのうら(田浦)でランチ。ピカピカ光っているのはご当地特産の
太刀魚。コリコリした食感で美味しかった。







この日の目標は日奈久温泉駅で、ここの旅館泊りの積りだったが、雨が
相当に激しくなり、一駅手前の肥後二見駅で雨宿りをしているうちに、
気が変わり(バーで飲みたくもあり)二見から八代へ電車で向かいました。







亡父は「紙屋」で、旧王子製紙、東北パルプ、十条製紙と社名は
変わりましたが勤務しました。現役時代、この工場へは何度か出張で
来ていました。新聞紙を抄いている様です。







スミノフ50度とグレープフルーツ1個使ったソルティードッグを飲んだ後に、
最後はストレートで頂きました。奥様はマスターをヤスオちゃんと呼ぶ
仲良しご夫婦のやっている素晴らしいお店でした。店名も背景に入れました。

6月27日(97日目) 芦北へ 旅も終わりに さしかかり (水俣から津奈木町経由で芦北町へ 280円 18000歩)


大きな水俣川のたもとに蘇峰記念館。弟の蘆花の資料も展示。
京王線に芦花公園駅があったり(確か世田谷文学館の最寄駅)、親しみを
感じるのは弟さんの方。







津奈木駅まで来て、雨が激しくなり、ちょっと休憩です。
ザックも雨の中を歩くのは嫌だと言っています。





津奈木美術館へ。水俣出身の澤村さんの絵がかかっていました。
澤村さんの描く絵は全て水平線が低くて、その分空が広々していて
爽快。何気ない新幹線橋脚とかビニールハウスとかの上部空間が
極端に広い。






受付で美術館だけかロープウェイも利用するか聞かれて、言われている
ことが分からなくて、聞き返す。裏山に登ると町が見下ろせるという事
でしたが、この激しい雨ではパス。比高差50m程でしょうか。







津奈木から一駅の湯浦へ電車に乗りました。280円でしたので、駅間距離は
ちょっと有りそう。乗車時間は10分でした。






群馬出身の富弘さんの美術館が熊本にあるのは知りませんでした。
口にくわえた絵筆で描くのは、本当に努力の人としか言えません。
水彩絵の具のグラデーションが素晴らしい。この後、真向かいのお休み処
の看板を見て入ったら、終了直後だったが入れてくれた。来月のランチ
新メニューを検討中。闖入者にケーキとお茶を出して頂き恐縮でした。







ようやく雨も小降りに。







いよいよ明日は八代です。ただ明日も雨の予報です。防水効果の全く無い
カッパを明日も着用しなくてはならない。








降ると晴れでは大違い。





6月26日(95日目) 北に向かって 川内市から出水市へ (電車川内から阿久根へ 870円 30100歩)


肥薩オレンジ鉄道を川内から阿久根へ。従業員は皆オレンジ色のTシャツ。






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1時間に1本なので予め時間を調べてあった。







今はやりのラッピング塗装。






おいしいよ!と言われてもちょっと困ってしまう。パス。








出水といえば異口同音に「ツル」!







えらい凝った造りの民家の塀の装飾。







今頃田植えをしていた。電車が通り過ぎた。







昨日までの天気を忘れさせる快晴。暑くて汗が地面に直接落ちる。







気分が良いお休みどころなので小一時間休憩。靴を脱ぎ裸足になって
横になったら寝てしまった。この昼寝で体力回復。







酒屋の2階でゴルバチョフ似のオヤジがビールを飲んでいた。俺も
あと少しだと歩き続ける。







日曜で蔵元の直営売店はお休み。直営だからと言って、安く買える訳では
ないが何か価値ある様に思ってしまう。







車じゃないと来にくい所でカクテルバーに客が来るのか?







着実に近づいているのは確かだ。







やはりありました。想像通り。さすがツルが来る出水市です。






地図は、同じ経路を行き来して赤線、黒線が錯綜し見にくいので
最後の出水市に着くところだけをアップ。







6月25日(94日目) 雨をいい訳 1日中の 乗物旅 (上甑島から下甑島経由薩摩川内市 フェリー4850円、バス150円、7100歩)


下甑島へ。同じ島内の手前の鹿島港で下船し、長浜港まで歩くアイデアも
あったが、ざんざん降りで即却下。







長浜で泊まっても良かったが、何も見るべきものもなく、迷った末に
川内へ戻ることにした。高速船はやはり高いが、予想に反して音は静か、
揺れも少なく快適でした。水中翼船とは違いました。







木目調の落ち着いた室内。港ではお見送り。







この歩数は近所の散歩と変わらない。







先日訪れたバーを再訪。

6月24日(93日目)この際だ 始めて渡る 甑島 (いちき串木野市港から上甑島へ フェリー2300円 21600歩)


確かに当たっている。それにしてもなかなか快適なお天気にならない。
曇天で時々日が差し、そよ風が優しく吹いている!なんてお天気が
そうある訳が無い。







以前同僚だったBさんが、ここにある石油地下備蓄基地に勤務していて、
彼を訪ねて飲んだ事があった。多分5年程前。もしも彼が今も串木野勤務
だったら、九州徒歩一周旅行の出発/ゴールは串木野になっていましたが、
転勤してしまったので、そうはならなかった。







 見ていると長さ80m、幅20m程の大きなフェリーを巧く回転させて
岸壁に着岸する。左右に設けられプロペラの細かな制御がそれを可能に
させているのだろうが、実に見事。当方縦列駐車も一回で決まりません。







ちょっと高い気もする料金。島民が島からの往復を買う時のみ、割引が
適用される。







出港しても係員がデッキ上でウインチを操作しながら忙しく動いていた。







本船は小島と陸の間の瀬戸を通り過ぎる。紙の地図、タブレット、川内市
の観光パンフ等は、全て航路を小島の大外を迂回するルートで表示するが、
少しでも短路を通るのだろう。







空は相変わらずの灰色。でも雨粒が落ちてこないのは幸い。







上甑島の島影が見えてきました。








右の池は以前は海だったところ。砂洲で繋がり淡水化して鰻もいるという。
このような、砂州が海の一部を仕切り、陸地化したのをトンボロ(伊)
というのだそう。







少し上から見た同じ所。トンボロが分かりやすい。







長目の展望台から見た別のトンボロ。3つの池が形成されているが、
水質は異なるそうだ。今にも降り出しそうな低い灰色の雲で、上空から強い
風が吹き下ろす。







島といっても島内は結構広く感じる。また坂が多いので運動には最適。







 飲みに行った居酒屋。女性の常連さんが、最近変えたばかりの新メニューを
ボードに書き始めた。店主、別の男性客と3人で、やれバランスが悪い、
字が小さすぎるだの勝手な批評。それでも3人一致したのは白抜き文字が
見やすいという点。








6月23日(92日目) 串木野へ 策をめぐらし 逆回り (薩摩川内市から電車でいちき串木野市へ 480円 12600歩)

宮崎県・延岡市を歩き始めて24日目に熊本地震に遭い、
それまでの時計周りを止め、反時計周りに変更したのが
東市来駅だった。薩摩川内市から東市来駅(いちき串木野市)
まで、ちょうど1日の行程だが東市来駅の周囲は何も無い。
そこで電車で東市来駅へ行き、そこから薩摩川内市へ戻る、
再度(というか本来の)北上コースを取る事にした。



前の晩、3時過ぎまで飲むという、旅が終わった訳でも無いのに、
ちょっとやり過ぎをしてしまいました。9:30に目覚めてバタバタ支度。







駅コンビニでおむすび2個の朝食を食べていたら1時間1本の電車が
出てしまい、11:27の鹿児島中央駅行きに乗車。







東市来駅は無人駅になってもおかしくない小駅で、下車は私1人だけ。
JR委託の係りの方が集札します。時間は正午ちょっと前。







国道の標識に山名が書かれているのはあまり見ない。私が知らないだけで、
何かしら歴史的に有名だったり、地元でよく登られている山なのかも。







すぐにいちき串木野市へ入る。国交省国道管理事務所の管轄もここで
変わる。







サワーポメロは初見。訊けば、春先だけの出荷だそうだ。無いとなれば
食べたくなるのが自然な感情。







ここで生産者の方と、レジのおばちゃんと世間話。東市来駅から
1駅の湯之元駅近くの温泉が良いと言ってくれたが、もう2kmも
通り過ぎてしまったので、また次回の楽しみにする。













6月22日(91日目) 海沿いを 生暖かな 風浴びて (阿久根市から薩摩川内市まで 電車500円 23400歩)


今日の出発地阿久根方向を振り返って撮った。低気圧の影響で南方の
暖かくて湿った大気が吹き込んでいるらしく、カッパを着ていると暑い、
暑い。それでも時折激しく雨が降るので、我慢しながら歩く。







道の駅で貰ったパンフを見ていたら、薩摩国分寺跡地近くに川内市歴史
資料館があるのを知った。歩いていたのでは、閉館になりそうなので、
もっけの幸いで4駅500円を乗ることにした。







時間通りに川内駅行きの1両だけの電車が来た。







海岸線、国道と線路が並んでいる。小型トラックを追い越して気分がいい。







途中で1両だけのくまモン車両とすれ違ったもん。







上川内駅へ到着し、ここから資料館へ再び歩きます。







国分寺跡が歴史公園に整備されている。







すぐ近くに歴史資料館。国分寺跡地から発掘された資料だけかと
思っていたら川内地方の原始からの通史で展示されていた。







 右足親指付け根にできたマメが痛くて皮膚科医で処置してもらった。
1日中、台風の後のような生ぬるい湿った風が吹き、時折バラバラと
降る変な天気でしたが無事に歩けて良かった。

6月21日(90日目) 今日も雨 アクネに達した 私です (長島町から阿久根市へ 21500歩)


長島町が島なのを実感するのが、橋を渡る時。橋の下を海水が渦を巻いて
流れています。







久しぶりに一桁の国道の表示を見ました。何となく都会に近ずいている
ような気がします。







何度も、このツル渡来地表示を見ます。







この「ブラックの方でも」の広告が面白い。ご本人は、いちいち
ブラックである旨を申し出るのだろうか?







阿久根駅へ来ました。とても新しく、子供の図書室やカフェがあります。







それまでも時折激しく雨が降ってきて、カッパの上下を着たり脱いだり
忙しかったのですが、駅前で写真を撮った直後から今までにない猛烈な
降りになってしまいました。







宮崎県の延岡を出てから今日で3ヶ月です。昨夜から今朝にかけての
雨は、九州に来てから最多だったと思います。今は19:27ですが、外は
稲妻が光ります。窓を激しく雨が叩きます。明日はお休みしたいなあ!

6月20日(89日目) ミニ嵐 熊本県から鹿児島へ (牛深から蔵之元へフェリー 同地から黒之瀬戸まで徒歩 490円 25800歩)


乗船予定のフェリーが入港・着桟。1発で所定位置につける技術。
前後二カ所に操舵室があり、離岸後は方向を変えることなくそのまま航行する。
船名の「天長」は天草と長島を結ぶから。長島町は鹿児島県だが、この
時点まで「島」とは知らず、九州本土と陸続きと思っていた。







乗船料金は短距離もあるが安い。徒歩での乗船客は2人のみで小型
トラックが多い。







 港を跨ぐハイヤ大橋。著名な外国人デザイナーの作と聞いた。







雲が低く雨が降っているが、この時点ではまだそれ程強くなかった。







狭いニッポン そんなに急いで どこに行く







雷が鳴りかなり激しく降ってきたので、農協のジャガイモ出荷施設の
軒下を借りて休憩。この先も何度もバス停の小屋、公民館等の玄関先で
激しい雨をやり過ごす。時折通る車の跳ね上げるしぶきがシャクの種。







上下カッパと傘でも濡れてしまった。梅雨だからと諦めるしかない。







右手前は黒鯛だし、海老もついているので連日の夕食に比べれば
やや高級感あり。ビール2本で眠くなった。

6月19日(88日目) 天草を 去る人送る カミナリさん (河浦地区から牛深港まで 27600歩)


歩き始めてすぐにあったコレジオ館。コレジオとはキリスト教を学ぶ
神学校。この時はポツポツ降る程度でしたが、その後は歩く前方が白くなり、
視界が見通せない程の降りに。峠ではバリバリと雷に大歓迎されて、
怖かった。ガレージ、軒先を借りて、強雨をやり過ごすこと何度も。







雨が激しく、写真は撮れませんでした。







白く半透明のお刺身はゴマアコウです。上品なクセのない味でした。
芋焼酎とマッチします。







こちらの煮魚はシュンジュゴ。レントゲン写真みたいにきれいに骨だけ
残して食べたら、親方に褒められました。2つの魚とも標準的な名前を
聞き漏らしました。明日はいよいよフェリーで鹿児島長島へ向かいます。

6月18日(87日目) 天草も 終わりに近づく 寂しさよ (下田温泉から河浦地区まで 39500歩)

ちょっと距離があるのは分かっているのと、夕方から雨の予報なので
いつもよりは早く歩こうという意識はあった。とにかく河浦までは
行かなくてはならない。








天草下島の一番景色の良いとされる妙見浦。ダイバー教室の生徒さん
多数。1人だけエアでなくザックを背負って辺りを歩くのは完全に場違い!







広狭と色んなトンネルをたくさん通った。







大江にある天草市の資料館。背後の丘の上に大江教会が建っている。







天草下島の有名な観光地(?)だと思いますが、週末でも車数台。







近くの墓地。墓石上に十字架があるのがいかにも天草らしい。







入江の入口にある崎津教会の塔が見えます。







中は畳が敷いてあります。世界遺産登録を目指しているそうです。







暑い中を頑張った感じでいます。明日は牛深まで行って、天草最後の
夜です。







6月17日(86日目) 天草の 下田温泉 入ります (苓北町から天草市下田温泉まで 25500歩)


山の上に再建された富岡城が見える。







山頂から撮ると、富岡城のある小山は陸繋島であるのがよく分かる。
もう少し標高が高ければ、函館みたいに夜景が有名になっていたかも。
砂洲が繋がっている所の少し右に発電所の煙突が見えている。







本丸跡にビジターセンターがあり、3Dシアターで海中散歩の様子を
見させてくれる。ここ富岡が日本初の海中公園に指定されたから。







右眼下の建物は苓北町歴史資料館。入館者が私だけだったので、丁寧に
解説して貰った。この富岡城は、天草四郎時貞の軍が最初に攻めた城で、
いわば数少ない実戦経験城。







 地理の教科書に出てくるような典型的な砂嘴が伸びている。







建物が全て新しく、資料館内は木の香りが清々しい。







今は堤で仕切られて淡水の堀になっているが、築城当時は堤がなく、
ここは海水が入り込んだ入江になっていた。







天草四郎軍が全滅して後、死者の三分の一が葬られた地に鎮魂で建てら
れた碑。







牛深からフェリーで阿久根に行くつもりにしている。今日は下田温泉までだ。







九電の苓北石炭火力発電所。富岡城から微かに見えていた煙突だ。







苓北町を出た。







美しい海岸線の先に発電所が見える。結構歩いてきた。








6月16日(85日目) 一夜明け 再び船で 島戻る (口之津からフェリーで鬼池へ戻り 鬼池から富岡まで 船代360円 28200歩)


昨日乗ったフェリーに再び乗船し、下島の鬼池へ戻る。僅か30分なので
乗った気がしない。







歩いて乗船は私1人だけで、あとは何らかの関係で車の人。(マイクロバス
乗客、トラック運転手)







この時点では知りませんでしたが、苓北の由来を記すと、むかし天草
(甘草とも表記)は苓州と言われており、その苓州の北にあるから苓北。







この後、急に雨が激しく降ってきた。あと数分前に降り出していたら、
この写真は撮っていなかった。







雨が降り続き、下ばかり見ながら歩き続けた。買い換えた靴は防水性が
良くて靴下がほとんど濡れないのは、前の靴と違って大進歩。
ところが衝撃吸収性に劣るのか、マメができて痛い。困った!

6月15日(84日目) 熊本から船に乗って長崎に着いた (天草市本渡から鬼池まで徒歩 南島原市へフェリー22200歩 360円)


丘の上のキリシタン館へ。朝一のいい運動になる。







館2階の展望室からの眺め。前方の湾の先は上島。今いる本渡は下島
になる。






明徳寺。ここ本渡でも天草四郎軍と幕府軍の激しい戦いがあった。








鬼池まで来た。一軒だけの旅館が満員で、フェリーで対岸の口之津へ
渡ることにした。口之津は2週間程前に泊まったので飲み屋の土地勘あり。







暑い日だったので歩くのもゆっくりだった。







安ウイスキーを飲んでいると、他人のカラオケが気にならなくなってくる。

6月14日(83日目) 下島の 本渡へ来ました 本土はもうすぐ (上天草市から天草市本渡へ 28000歩)


今日は比較的短い距離なのでのんびり行こうと決めている。ここでは
 2都市間が40kmとなっている。







タコが天日干しされている。さすがタコの町の有明。







道の駅のモニュメント。重さは888kgというが、本当かな?







足の吸盤が招く先は。







サンタマリア館。こんな事を言って、関係者の方々には申し訳ないが、
なんかキワモノ的な感じがしたので入らなかった。真面目なミュージアム
だったらゴメンなさい。







週末しか開館していない資料館。石油ポンプは今でも給油所のポンプ
大手のタツノだった。







本渡までの距離が短くなったのを喜ぶよりは、牛深と本渡の距離が
先の標識よりも2km異なる方が気になった。







金出せ!なら強盗。 







この橋を渡って上島から下島へ。







天草市歴史資料館へ。縄文時代にはここで製塩を行っていて各地へ
送られていたのを知った。陶器で出来たワイングラス状の容器で
海水を煮詰め、脚をポキンと折って、塩入りの容器を「出荷」していた。
発掘したら折られた脚だけが出土するので明らかになった。







明日は下島をさらに南下します。足裏のマメがつぶれて一歩歩くたび
 に痛いのが困りもの。






6月13日(82日目) 有明で 特産だという 蛸を食う (上天草市から天草市有明まで 22700歩 タクシー1300円)


前日行けなかった美術館へ。休館だったら困るので電話したらやっています
との事。







美術館のつもりで行ったら、木村さんのアトリエでした。初めての
お宅を訪問するのはちょっと気後れします。学校卒業後、警視庁に
入り犯人捜査用の似顔絵を描いた事もあるそうです。明るい色調の
ひまわりの絵を見ていると元気が出そう。







画室からは高杢島(天草富士 139m)が目前。夕焼けを描いた絵もありました。







歩道が狭く、欄干が低いのでキンチョーしながら渡ります。
高所恐怖症の人は足がすくむかも。







昼はビジターセンターでうどん。たまにはあっさり系で。







これが天草5橋の3番目で中の橋。そのまんま。







4番目の前島橋。







中央に5番目の松島橋の赤い橋脚が見えます。







天草市へ。この時は知りませんでしたがリップルランドは道の駅の通称。
ここへ晩飯を食べに行く事になります。







歩けば小一時間の所を、偶然にタクシー会社の前を通ったのを幸い、
乗車してしまいました。どこからか根性無し!の声のつぶてが飛んできそう。







タコ刺しとピリ辛タコに米焼酎「天草」。







さらにタコ丼。







ご当地では、焼酎ロックはこのスタイルが多い。アイスペールを出すところ
もあるが、氷の入ったグラスと焼酎の入った徳利とを並べて提供。各自が
自分の好みでヤル。















6月12日(81日目) 梅雨空を 橋を渡って 天草へ (宇城市三角港から上天草市へ 21200歩)


天草四郎メモリアルホールへ。天草の乱にどうしても触れざるを得ないので
明るくという訳には行きませんが、歴史教科書では教えなかった
事実を知るのは嬉しい。







明日は上島へ。

6月11日(80日目) 天草の 入口でもある 三角港 (宇土市から宇城市へ 28000歩 電車280円)


宇土市役所。1階が潰されて上層階も変形している。寺院などでは木の
柱や梁を再使用して再建費用を抑えやり方もあるそうですが、コンクリート
はそうは行かないでしょう。







グーグルマップ表示の歩行距離はまず例外なく短く表示される。
この標識を見て意外に距離がある事が分かった。







植物関係は全く分からない。葉が随分大きいことから葉タバコかと
思ったのですが。







国道57と三角線が暫く並走する。遠くから踏切の警報音が響くので
電車が後ろから近ずくのがすぐ分かる。







車の通行量は多めで、道路を渡るタイミング見極めが大事だ。







網タイツがいいなあ、とバカな事を考えながら通り過ぎる。







海に電柱が伸びている。潮が引くと電柱の脇は車が通れる小径が
現れるそうだ。







3種ある三角線塗色のうち、この編成だけが上手く撮れない。
遠くにいるときに通るせい。タブレットの望遠レンズはあまりシャープ
さは期待できない。






ここで昼寝をしていたら、正午近くに地震があった。風がそよそよ
とても気持ちが良い。







歩けば確実に距離が減っていく。







対岸に雲仙平成岳が薄い薄いシルエットで見える。10日ほど前、あの辺りを
左から右に歩いていた。







1時間に1本程度で動いている。1両で通る時もあれば、、、。







2両で走っている時もある。







四阿で休憩しているときに、釣り帰りのおじさんが、携帯の待ち受け画面に
これと全く同じ画像を入れていて、それを嬉しそうに見せてくれた。
大潮の引き潮で、晴天の日の夕方が狙い目だそうだ。







釣り帰りのおじさんが時間があったらぜひ寄りなさいと言っていた
駅構内のカフェ。ネーブル水羊かんを2つ食べる。木造駅舎は熊本県
最古。九州では2番目の古さ。別の解説では、JR九州最古とあったので、
最古は西鉄等の私鉄かJR貨物の駅だと思いました。







蒸し暑くてヤル気がなくなってきました。疲れが溜まってきたのかも。







17:43の電車に乗って三角に向かいます。宇土から5駅乗って、3駅
 乗ります。待ち時間にバイクに乗った人が2人現れて、しばし雑談。
来年定年を迎えたら、バイクで日本1周をしたいと言っていた。







終点の三角駅。モダンな駅舎。







駅の真ん前が港でフェリーターミナル。これは海のピラミッドで、
待合室。らせんスロープでてっぺんへと。







ピラミッドの頂上から港に入る船と、下りたばかりの駅舎と。














6月10日(79日目) 熊本の 宇土市と宇城市が ごっちゃ混ぜ (熊本市から宇土市へ 26500歩)


市電の走る街が好きだ。ラッピング広告で色んな電車が通るのを
眺めていると楽しい。







熊本城の城壁。全く影響を受けていない箇所もある。







多くの規制線が張られていて近ずけない。この石組みを元どおりに
修復するのは、気の遠くなる様な(答えの無いジグソーパズルの様な)
時間と根気が必要だ。美術館で恥ずかしい少額だが寄付をさせてもらった。







工芸館へ。椅子は実際に座れるため、歩き疲れの休息に最適。







近くの県美術館へ向かう。建物の損壊は無さそうですが、瓦が落ちている
のが見てとれます。







2日ほど経ってこれを書いている時点で、1番記憶に残ったいるのが
館内で食べたハヤシライスの美味さ。これだけかと思われそうなので、
2番目は犬追物関係です、とあえて記します。
犬追物とは、馬で犬を追いかけ、犬を射る競技。(傷つけない様、蟇という
プロテクターを矢先に装着)  命中精度の他、決まった様式に則って馬を
制御しているかも点数の対象だったそうです。







市内の橋にかかる彫像2点。







九州新幹線の熊本車両基地。







宇土市へ入ったが、この市は宇城市とも隣接していて、同じ「宇」の字が
ややこしい。宇城はついつい「うき」ではなく「うしろ」と読んでしまう。







一応ゴールしました。














地震でウイスキーやリキュール瓶が割れて、後片付けが大変だったそうです。
不思議に安い物だけが割れて、高いヤツは割れなかったと一瞬だけ笑顔に。

6月9日(78日目) 雨晴れて 足まで腫れて 熊本へ( 玉名市から熊本市へ全面的に電車 6700歩 560円)


歴史博物館へ。金栗四三さんは地下足袋で走った!
毛綱毅曠さん設計のユニークな外観の建物だった。







博物館で右足親指付け根の体重がかかる所が痛くなってきた。数日前に、
靴底が減って買い換えたウオーキング・シューズがまだ足に馴染まず、
マメができて、そこが痛い。1時間ほど待たされたが皮膚科受診。
熊本までは歩行困難と思い、電車に乗った。







熊本市現代美術館でエッシャー展。震災で一部規模を縮小したため
無料だった。







玉名の博物館と熊本の美術館、2館訪問だけなので、歩数はこんなに少ない。







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