(四国徒歩一周に続き)九州も歩いて一周しちゃえ!

2015年4月から約2ヶ月間で四国を歩いて一周しました。 このブログは、今年も3月中旬から九州一周歩き旅へ出る私の、それまでの間の日常と、また歩き始めてからの旅日記を綴ります。

2016年07月

7月14日(番外編 113日目) 帰宅して 気が抜けたかの ごとくあり(豊岡から尼崎、新大阪経由で東京へ)


10:49の京都行きに乗るつもりで窓口に。乗車券を見せてくださいと
提示したら、福知山から尼崎へ出る福知山線を通る経路で購入していた。
購入時に、通ったことの無い線をとの気持ちがあったのだろう。
経路変更は面倒なので1時間後の11:43の新大阪行きに乗る事に。
駅前でコーヒー2杯飲むのに好都合でした。







窓口で駅員さんが使っている案内シートを撮った。不案内な土地なので、
とっさに地名が出てこない場合があるが、この地図はわかりやすい。
時間さえあれば、篠山口の旧知の料理旅館で一杯やるところだが。







久しぶりの新幹線。のぞみは全席指定と思っていたが間違い。(自由席
3両) のぞみの特急券はひかりより高いと思っていたが一部間違い。
(指定券は高いが、自由席は同額) いろいろベンキョーになりますなあー。







帰宅が遅かったので、翌朝撮ったのですが庭の草ボウボウ。(中央の
棕櫚竹のみ、大したこと無いけど有価) 水道からは鉄分混じりの赤い水。







母宅に預けたアボガド4鉢中2鉢は成育不良で処分されて、2鉢持ち帰り。
奥がちょっと元気無いのが気がかり。







延岡から南回りで串木野まで行ったら熊本地震。一旦スタート地点の
 延岡に戻って、今度は逆周りで大分方向へ。国東半島沖の姫島、宗像の
大島、上五島や福江島、上甑などの島々も思い出深い。天草も海がきれいで、
また歴史ある所で特にキリスト教関連の事柄はもう一度勉強してみたくなった。

7月13日(番外編 113日目) 山、海、山とジグザグに(高梁から岡山、津山、鳥取経由で豊岡へ)


高梁成羽美術館で午前中のんびり。化石展示もあって面白かった。
絵は地元ご出身のと書きかけて、一晩経ったらすっかり忘れている!
確かなんとか虎次郎さんとおっしゃったかと。







三畳紀の、日本でも最古の地層がこの辺りにある。







何度も乗換えて豊岡へ。鳥取に泊まる予定だったが、駅構内の観光
案内所の対応が感じ悪かったので、豊岡へ来てしまった。閉まる
17:00直前の立寄りが、先方のご機嫌を損ねた様子。







豊岡のバーで飲んだら、先ほどの不愉快感はスッキリ解消。単純人間。

7月12日(番外編 111日目) 三次市の美術館から高梁へ (三次から芸備線で新見経由、伯備線で備中高梁へ 3300歩)


朝一で奥田美術館へ。元宋さんは日本画家、妻の小由女さんは人形作家。
元宋さんの壁いっぱいの、月光に照らされた山嶺の絵は大迫力。人形は
ジュザブローさんの様な、生身の人間を模写するのでは無く、人間の貌は
あるものの、風の一部になっていたりと抽象製が高いものが多い。
特別展はチェブラーシカ。ソチ五輪などのマスコットになったそうだが、
どこかで見た様な微かな記憶があるものの、よく覚えていない。素朴。







ちょっと小型のディーゼル車1両の運行で芸備線を備後落合へ行く。







馬洗川に沿って電車はゆっくりと走る。







ここで乗換え。







左の電車が今まで乗ってきたヤツ。右に乗換えて新見へ行く。







備後落合から新見行きは1日3本と極端に不便。







塗色は異なるが、今まで乗ってきたヤツと型式は同じらしい。







間も無く木次方面からの電車が入線。乗換客を待って、新見行きは出発。







新見に着きました。







新見まで来ると岡山方向はかなり便利になる。







こんな山の中に美術館があるなんてビックリ!(新見市民の皆さん、
お許しください) 全く知らないし、行く気も無かったのですが、待ち合わせの
1時間を潰すために行ってしまいました。キルト展。興味が全くないので
10分のみ。







クマちゃんキャラなので、抜け目なく1枚撮った。







特急が来たので高梁迄1区間、750円払って乗った。20分早く着いたが、
急がなくてもよかったのです。







高梁駅近くの路地の奥にシックなバーの看板が見えたので、前まで行ったら
バーバー! 英語のスペルおかしくないか?

7月11日(番外編 110日目) 中国を 海から山へ 分け入って (徳山から広島乗換で三次へ 3100歩)


 何が良いのか、まっすぐ帰らずに中国山地の山陽と山陰を結ぶ、人間で
云えば肋骨みたいな鉄路を乗って帰る事にした。







再来年はこの海沿いの道を、右から左に歩く積りだ。







岩国から広島へはこの新しい電車に乗った。前照灯の外側にある翼状の
ものは、風切り音低減策かと思ったが、乗客の連結部落下を防ぐため。







三次駅に着いた。







鵜匠と鵜をイメージした金属、石彫。鵜を使った川魚漁が盛んらしい。








7月10日(番外編 109日目) 少しずつ 東進続ける 山陽道 (防府市から旧徳山・現周南市へ 16800歩)


防府駅から数キロなので、久しぶりにウオーキングで周防国分寺へ
向かった。昨日まで防府に国分寺が在るのを知らなかった。







ここに来るまでは、一面の芝生の中に金堂や塔の礎だけが残っていて、
その説明看板がある様子を想像していました。国分僧寺とペアで建立
されたはずの国分尼寺の所在地は不明だそうです。金堂内部の拝観料は
500円。多くの重要文化財がありました。







塀の横筋数で格式が違うって知ってました?







超ビッグな毛利家の御殿。ここに昭和天皇も泊まられた。邸内も庭園も
公開されている。(別料金)  邸内の数室が博物館になっている。
古文書多数。文書保護のため照明が暗くて見にくい。







庭園も枝振りの良い松や池が素晴らしい。







駅まで歩いて戻って、腹ごしらえ。







周南市へ電車で移動し市美術博物館へ。猫展。版画、木彫、油彩などに
描かれた猫を展示していた。2階は、ぞうさんの歌で有名なまどみちお、
写真家林忠彦の記念室もあって楽しめた。

7月9日(番外編 108日目) 寂しいが 九州あとに 山口へ (大島から宗像へ 下関、山口経由で防府へ 9500歩)


大島FT近くの宗像大社中津宮。







東郷駅へ戻った。







乗った電車が門司港行きだったので門司で乗換えて下関へ向かった。







下関市美術館へ。延岡に行く途中に寄る予定だったが、休館日にあたり、
旅の後半の訪問になった。数字の「3」を切り口に企画した絵を展示。
隠れた数字の3が描かれていたり、三部作だったり様々。面白い発想だと
思う。因みに開館以来今年は33周年との事。







下関から一駅広島寄りの長府から山口へ行く。途中の新山口で40分も
待つ。







県美術館は土曜日だが展示替えで臨時休館。







博物館は内装工事で休館中。







埋蔵文化財センターは週末は休みでした。他府県では月曜休館で、週末は
開いている所も結構あるのだが。







4度目の正直でここに入った。毛利氏の前に山口を治めた山内氏が
相当勢力を持っていたのが分かった。







ザビエルが日本最初に山口で布教活動したのを記念したザビエル館。
時間が無く割愛。







徳山へ行く積りだったが防府へ変更した。
変更したのは、毛利博物館が防府にあるのを歴史資料館で知ったので。
こんな名前の銀行があるのも面白い。

7月8日(番外編 107日目) 煮魚を食べて 最後の夜は更ける(唐津から筑前前原、博多乗換え東郷へ 車で神湊FT 船で大島FT)


唐津からの筑肥線は暫くの間、唐津湾を国道202号と並行して走る。
2ヶ月ほど前、このあまり整備されていない歩道を右から左へと
トボトボと歩いた。今乗っている電車は逆方向に快調に飛ばす。







筑前前原と博多で乗換え東郷へ。ここからタクシーで、宗像神社の脇を
通って神湊のフェリーターミナルへ来た。ここから沖合にある大島へ
渡りました。実はこの島の訪問は2度目。2ヶ月ほど前行った店を訪ねる。







宗像市営の船に乗って約30分で島に。







店主Nさんと女将さんが歓迎してくれた。明日からは九州を出て、今までと
同じ様に途中下車を繰り返しながら、帰宅の旅です。








7月7日(番外編 106日目) 戦いに 茶の湯と能の 武将たち (伊万里から唐津へ行き名護屋城跡見学 2670円 9300歩)

伊万里から小一時間、筑肥線、唐津線で西唐津へ。駅前でバスを待つ事
90分。







西唐津へ行く途中の肥前長野駅。特に特別な景色では無いのですが、
朝の爽やかやを通り越して、今日は暑くなるぞという絶対的快晴感が
あったので撮影。見た人にとっては、どおって事無いのは承知で。








秀吉が朝鮮出兵のため築いた名護屋城隣接の博物館。真田丸も陣地を
設けた。名護屋城を中心に各諸侯による100以上の陣地が作られた。
当時の対朝鮮戦争前線基地の様子がよく分かった。それにしても陣地内、
城内に茶室、能舞台を作る、ある意味の余裕。秀吉は妻に10もの能の舞を
修養したと手紙にしたためたという。







博物館見学後、名護屋城跡へ。石垣に丸石を使うのは珍しい。自然石?







人工的に石垣が破壊されたままになっている。







天守台からは晴れれば壱岐、対馬も見られるという。この日は快晴では
あったが、海上のもやで見えずに残念。汗ばんだので風が気持ち良い。







名護屋城から呼子BTへ。乗換えて大手口(唐津)BTへ。市内に戻って
知ったのは、バスターミナルが唐津城の大手口にあるからの行先表示。







東京駅設計の辰野金吾監修の唐津銀行の旧本店が資料館として内部公開。
辰野金吾は唐津出身で、そのための依頼だった様だが、東京駅設計で
時間が取れず一番弟子が設計。その方の名前失念は申し訳ない。







城跡を歩き回っての歩数。この程度がちょうどよいかも。



























7月6日(番外編 105日目) 休み兼ね 朝から晩まで 大移動 (延岡から大分、博多、有田経由伊万里に 9810円 5000歩)


本来特急券は1列車(区間)1枚です。延岡からの電車は大分止まりのため、
特急券は延岡〜大分で1枚、乗換えた特急の大分〜博多で1枚必要に
なりますが、例外で通しで買う事ができます。それにしても6時間余りの
乗車は、乗り鉄の私でもちょっと嫌になります。







別府駅で山側を見たら山頂にちょっとだけ雲を頂いた鶴見岳が見えました。
中央薄茶色の警察署の奥がそれです。300名山の1峰です。
国道と線路と並行区間では、この道を歩いたのだと思うと懐かしさ。








有田へ着く特急が遅れましたが松浦鉄道の一両だけの電車が待っていて
くれました。







終点の伊万里駅に着いた。いつも思うのは、終着駅の、これ以上先の
線路は無いんだよ、というある種の軽い寂しさ。







中央道路を挟んで、右が松浦鉄道駅舎、左がJR。二階がブリッジで
結ばれている。松浦鉄道駅舎の二階は伊万里・鍋島ギャラリー。







磁器はガラス質コーティング有り。対紫外線耐性はあるのですが、
振動や汚れに対しては別。メンテナンスは大変そうです。







ほぼ一日中電車に乗りっぱなしだから、この数字の少なさは納得。









7月5日(番外編 104日目) 西都市で 再度の歴史の 総ざらい (都城から宮崎・西都経由して延岡へ 電車3520円 バス1800円 7000歩)


都城から南宮崎へ。この宮崎の1つ南の駅は普通電車の始発、終着駅に
なっていて、この駅前のイオンモールに宮崎交通のこれまた
大きなバスターミナルがある。







片道約1200円のバス代が、1日乗り放題で1800円。お得は嬉しい。







乗車90分で目的の博物館に着いた。九州のあちこちに「原」のついた
地名があり、「ばる」と読ませる事が多いが、これは15000年前の
姶良カルデラを作った噴火(その末裔が桜島)の火砕流が谷を埋めて
平らになった地形が多いそうです。1つ勉強になりましたが、鬼界
カルデラの影響は分かりません。







南九州に多い横穴墓とその石組みをイメージした、建物と展示室に
導くアプローチ。







博物館は郊外の台地状にあって周りは農村地帯。15時台の帰りのバスを
逃すとあとは車を呼ぶしかない環境。







3階の展望室から。広々した緑の中に大小の円墳、前方後円墳が多数。
一見ゴルフ場の雰囲気です。バンカーは窪地だが、こちらの古墳平原は
盛土。







お天気が良すぎて暑い! これだけの小さい規模だと、戦前のあまり
文化財保護に熱心ではない時代、作物増産が叫ばれていた時代には、
相当数が掘削、破壊されたのではないか。







宮崎市内で。歩道広々しているところに多くの作品が置かれていた。







電車とバスばかりですから歩数も1日でこんなに少ない。

7月4日(番外編 103日目) いつまでも ぼーっとしてます 都城 (小林から電車で都城へ 740円 11800歩)


朝ホテルを出るとき、屋上に上がり山の写真を撮った。
右の台形の山が韓国(からくに)岳、左の山頂部が雲に隠れているのが
霧島山。







小林駅は今年で104年になる古い駅です。



旧国鉄時代の古いディーゼル車で、天井の扇風機にJNRと書いてあります。







都城へ向かいます。相当無理しないと1日では着かない距離です。







都城の駅前広場に今週行われるおかげ祭りの飾りがあります。







駅から15分程の万葉植物園のこの東屋で約2時間、昼寝したりボーッと
過ごしました。池の上を渡る風の心地良さ。最高でした。







隣接の早水公園内のあやめ園。これから開花なのか既に落花したか、
花に疎い私です。







鳥が小魚を狙っています。紫陽花も咲いている。子供達はトンボ採りに
 夢中。







今日は昨日までと一転、暑くなりました。


7月3日(番外編 102日目) JR 切符買ったが バス、タクシー (熊本県人吉市から吉松経由で宮崎県小林市 1290円 4000歩)


東京へ帰るのにどのルートでも良いのですが、せっかくならば訪ねた
事のない街を泊まりながら戻るのも良いかと、とりあえず小林までの
切符を買いました。







ところが大雨で肥薩線が運行見合わせに。実は人吉・吉松間は日本でも
ここだけというスイッチバックとループ区間があって、乗り鉄としては
一度は乗車しておきたかった所。代行バスへ誘導する若い駅員氏に残念な旨
を言ったら、スミマセンと返ってきた。







吉松駅構内のちょっとしたスペースにチェーン・ソーで木をカットした
木彫が。







人吉駅を出た時は動いていたらしいのですが、吉松駅へ来たら全てが
ストップ。こうなったら待つしかありません。急ぎ旅ではないので、
どうってことは無いのですが、ただただ待つのは案外辛いもの。







そのうち、駅員氏が11人の行先を聞いてメモし始めた。タクシー手配
するという。私だけが小林駅で残り10人は鹿児島中央駅。
駅員氏に言われるままにタクシーへ。写真は運賃請求先について指示を
受ける運転手さんを車内から。







料金は約7000円。JR九州さん、お世話様でした。飲み過ぎて寝過ごした
時は別にして、これだけの料金区間を乗ったのはあまり記憶にありません。







上が旧駅舎で下が新駅舎。電車560円区間をタクシー乗車でした。







折良く1両の電車が通りました。どうやら天候回復で部分開通した様です。








森永貞一郎記念館へ。ネットでは月が休館ですが、4月以降は平日のみ
電話予約があった時のみ開館するのに変わったそうです。
従って入館できませんでした。駅から10分位ですが、雨が上がり蒸し暑い
ので大汗。






こんな雲を見てるともうすぐ九州も梅雨明けかと思ってしまいます。
私はこれからコインランドリーへ行きながら、日曜日もやっている
店を見つけます。







7月2日(番外編 101日目) これも旅 三角がダメで 人吉へ (宇土市から八代経由人吉市へ 1650円 11600歩)


朝、宿から宇土駅へ向かう途中にあった石橋。アーチの下部構造は
地震に耐えたが欄干が崩れて通行禁止に。







駅に着いたら三角行きの電車「A列車で行こう」が20分程で来るので、
それで三角往復する事にした。乗り鉄! ところがそれは特急で、予め
特急券が無いと乗車できないとアナウンスがあった。乗ってしまえば、
何とかなるのですが、ちょっと気弱だったので見送り。インテリアの
写真を撮りたかったというのは、今でもあります。







宇土で聞いていた蕎麦屋へ。久しぶりの本格的な蕎麦屋。温泉卵に
かき揚げ、ざる蕎麦と、脈絡のないオーダーでしたが、グラスの液体
は余分な注文だったかも。







小規模ながら人吉城の歴史が分かり易く展示されていた歴史館。
発掘で発見された、地下室(他に類例が無いらしい)も復元されていて
興味深い。唯一の不満は、3箇所のビデオ画像全てが、スタートボタンを
押しても上映開始までやや時間がかかりイラつく事。







上部数mの色が異なるのは、後から改築でかさ上げされた為。庇の様に
突き出ている武者返しの構造は、他に五稜郭とか数例しか無い珍しい
物だそうです。









石垣の一部は球磨川に向かって開口しており、舟運で米を運び入れた。
奥の茶色の川が球磨川で、右から左に流れる。







明治初期に廃城になった。石段を登ると、段差が大きいこともあって
息切れする。本丸跡の東屋で休んでいたら蚊の猛攻。







城趾から人吉駅方向を撮った。街の中心は球磨川だ。左手方向が
下流の八代。







お城が接するもう1つの胸川では鮎釣りの人。






左の球磨川本流と右から流れ込む支流の胸川合流地点。透明度が
違う。







駅にあったパンフ。今宵もどこかへ。







こうして歩数計を見ると、今までのウオーキングよりは少ないものの、
疲れややる気無さで、この程度で1日を終えたこともあり、意外に歩いている。

7月1日(100日目) 曲がりなり 一応一周 できました (八代市〜宇土市へ 36500歩)


新八代駅近くの宅地造成地で。面白い表記。







新幹線の駅。田んぼの真ん中に突然現れました感でいっぱい。







駅近くの松中スポーツミュージアム。野球はあまり関心が無いので、
パスしました。







熊本県は、第2位の岡山県に大差をつけてイグサ生産首位。







イグサ研究所もありました。







農村地帯でのどかな道を歩きます。トラクターの泥が交差します。






にわかイグサ博士のネタ本はこれです。







併せて干拓の歴史も学べます。






先生「美容整形、失敗してもよかと?」







時々こんな変な交通標語を見かける。







ゴミ屋敷。ご近所の方は迷惑に違いない。







宇城市に入って。







宇土市はもうすぐで。







宇土市域に入りました。ゴールはもうすぐです。







宇土市内に入ると急にブルーシートで覆われた家屋が増える。
安全食堂が危険食堂になったのは残念だ。







バーで頂いた山崎とウンダーベルグ。酒屋で頂いたふち田とお礼に
買った黒霧島。1人祝杯。







宇土に戻ったのは20日振り。なんとか無事に九州一周ゴールできたのは
幸いでした。





















6月30日(99日目) 下調べ せずに招いた 結果です (休養日で、球磨鉄道終点の湯前駅へ電車で 3600円 参考記録8800歩)


八代から人吉へ向かいます。ウッディな内装です。乗客は多くありません。







吉尾駅で最後の乗客が下車し、私だけに。白石駅には駅舎が100年以上
との掲示がありました。この空間を独り占めするのはもったいない気が
します。







球磨川が数日続いた雨で濁っています。急流、川霧、緩やかな流れと
表情を変えます。







人吉から球磨鉄道に乗り換えて終点の湯前駅へ行きます。ホームから
岩壁に掘られた横穴墓が見えました。国史跡。白、茶、赤の3両とも
塗色の違う電車が入線します。乗客は殆ど高校生。







先頭車両の赤に乗ったら切り離しと言われました。赤が去り、茶が先頭
になり2両で運行です。赤は秋号、茶は冬号。







インテリア相当に力が入っています。







まんが美術館が目的でしたが、次の企画展準備で臨時休館。調べなかった
私が悪いですが、ちょっと残念でした。







毎年風刺の効いた一コマ漫画を公募し、過去の入賞作が屋外展示
されていました。







那須さんは湯前町出身で、長年毎日新聞に政治風刺一コマ漫画を
描いた方だそうです。







駅へ戻ったら春号、夏号が待っていました。







インテリアのテイストが微妙に違っています。







水量が多い河畔をゆっくりと走ります。







八代駅へ戻りました。青空も戻ってくれました。







お城の近くの博物館。もしかして遅くまでやっていないかと訪れましたが、
早く行っても同じでした。燻蒸作業で臨時休館です。
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